個人開発の事業仮説検証|教材販売からLens開発までの試行錯誤

はじめに|最初から、今のサービスを作るつもりではありませんでした

2026年、中小企業診断士試験の受験生に向けて、いくつもの教材やWebツールを作ってきました。

最初に商品化したのは、2次試験の答案作成を工程ごとに練習する「工程ドリル」です。その後、事例Ⅳの計算練習ツールや設問解釈のトレーニング、AIを使った解答過程の分析などにも取り組みました。現在は、過去問演習の記録と振り返りを次の学習につなげるWebサービス「Lens」をOpen βとして公開しています。

ただし、最初からLensを構想していたわけではありません。自分の経験から商品を作り、思うように売れなかったため無料ツールや情報発信を試しました。並行してAIによる学習支援の可能性を探り、受験生の行動や既存サービスを調べるうちに、提供すべき価値についての考え方が変わっていきました。

本記事では、この一連の取り組みを事業開発のケーススタディとして振り返ります。

Lensは公開したばかりで、継続利用されるか、事業として成立するかはまだ分かりません。成功事例ではありませんが、仮説をどのように作り、実際の行動から何を学び、どう判断を更新してきたかを紹介したいと思います。

1|自分の経験を起点に商品を作る

中小企業診断士の2次試験は、80分という限られた時間で企業の状況を読み取り、設問に沿った答案を作成する試験です。私自身の受験経験から、答案の出来は最後の文章力だけで決まるものではないと感じていました。

設問で何を問われているかを捉え、与件文から必要な情報を拾い、回答要素を組み立て、制限文字数の中で表現する。この一連の工程のどこかでつまずけば、最終答案にも影響します。

そこで「品質は工程で作られる」という考え方を軸に、答案作成を次の4工程に分けた教材を作りました。

  • Step1:設問解釈
  • Step2:与件分析
  • Step3:骨子構築
  • Step4:答案作成

それぞれを個別に練習できる「工程ドリル」です。既存の解法を丸ごと置き換えるのではなく、学習者が自分の弱点に応じて練習できる教材を目指しました。

自分が受験生として困った経験があり、その解決方法を思いついたので商品にしてみる。今振り返ると、かなりプロダクトアウト的な出発点だったと思います。

もちろん、自分の経験を起点にすること自体は悪くありません。課題の具体性を理解していることは、商品設計の強みになります。しかし、自分が必要だと思うことと、他の人がお金を払ってでも欲しいことは同じではありません。

最初に公開した事例ⅠのStep1は、期待した販売につながりませんでした。価格を見直し、最終的には恒久無料に変更しました。商品を作れることと、商品が売れることの間には、想像以上に距離がありました。

2|売るために、いくつもの打席に立つ

工程ドリルを作った後、取り組んだのは商品そのものの改善だけではありません。そもそも知ってもらわなければ、購入の検討すら始まらないからです。

そこで、noteでの情報発信、Xでの告知、無料ツールの公開、アクセス解析など、顧客との接点を増やすための試行錯誤を続けました。

並行して、受験生が普段行っている練習を、もっと手軽にできないかとも考えました。例えば、事例Ⅳの計算練習です。過去問を80分かけて解くこととは別に、計算力を短時間で反復する練習にも意味があります。

そこで、NPVやキャッシュフローの練習ツールに加え、経営分析・CVP・キャッシュフローの問題を90秒間で解くタイムアタック形式のWebツールを作りました。問題データベースは540問分まで拡充し、ランキングや再挑戦の仕組みも設けました。

また、事例Ⅰ・Ⅱでは、過去問の設問を使って「何を答えるべきか」を考える設問解釈ドリルを公開しました。いずれも、受験生が短時間で取り組める練習機会を増やすとともに、工程ドリルを知ってもらう接点にもなると考えていました。

一方、別の作業ラインとして、AIによる解答過程の分析も試していました。答案の良し悪しだけでなく、設問解釈、与件の捉え方、回答要素の組み立てなど、どの工程に改善の余地があるかを分析できないか。実際の解答過程を材料に試作・検証しながら、AIによる学習支援の可能性を探っていました。

当時の活動を整理すると、大きく3つに分かれます。

活動

当時の主な目的

note・X・無料ツール・アクセス解析

工程ドリルを知ってもらい、利用につなげる

短時間の反復練習ツール

受験生の自主トレーニングを支援し、接点を広げる

AIによる工程評価の試作

解答過程を分析する学習支援の可能性を探る

これらは、最初からLensを見つけるために設計した実験ではありません。それぞれの目的を持って、並行して動いていました。

成果も一様ではありませんでした。無料ツールを公開したからといって、有料教材の販売が大きく伸びたわけではありません。ただ、作って公開し、反応を見て、また作るという繰り返しの中で、当初は想定していなかった情報や経験が蓄積していきました。

事業開発の理論に照らせば、手持ちの資源から行動し、想定外の結果を次の機会につなげるという意味で、エフェクチュエーション的な側面もあったと思います。もっとも、当時からその理論を忠実に実践していたわけではありません。まず動くことで、考えるための材料が増えていったというのが実態です。

3|想定外の反応から提供価値を考え直す

こうした取り組みの途中で、個人開発者のShin氏による、AIを使ったアプリのアイデア発掘・検証に関するYouTube動画を見ました。自分のアイデアを形にするだけでなく、ユーザーの課題や市場の反応を起点に考えることの重要性を、改めて意識するきっかけになりました。

もっとも、動画で紹介されていた手法を、そのまま順番に実践したわけではありません。既存の教材販売や情報発信を続ける中で、少しずつ考え方が変わっていきました。

その一つが、noteの記事への反応でした。「中小企業診断士2次試験の振り返りノートを、AIと作る。」という記事は、他の記事と比較して、インプレッションに対するページビューが相対的に高い結果となりました。ただし、note内の表示回数と、外部流入も含むページビューを比較した参考値であり、厳密なクリック率ではありません。

もちろん、この記事への反応だけで振り返り支援サービスの需要が証明されたわけではありません。ただ、これまで取り組んできた工程ドリルやAIによる工程評価は、いずれも答案作成のプロセスを改善することに重点を置いていました。一方、受験生にとっては、解答過程を精緻に分析することよりも、演習で得た気づきを次の演習に活かせることの方が重要なのではないか、と考えるようになりました。

もっとも、これは私自身の仮説にすぎません。そこで、受験生が実際にどのような方法で振り返りを行い、何に困っているのかを調べることにしました。

4|受験生の行動を調べ、競争相手を捉え直す

振り返りの実態を調べる

最初に確かめたかったのは、受験生が振り返りに困っている兆候があるかどうかでした。GrokなどのAIを活用し、X上の受験生の投稿や、合格体験記、ブログ、noteなどから情報を集めました。

調査では、振り返りに関する困りごとの有無、現在使われている方法、既存の方法への不満や負担を確認しました。

直近のX投稿では、振り返りノートやミスノートへの記録、反省点と良かった点のリスト化、ChatGPTによる採点・壁打ち、音声入力による気づきの整理などが見つかりました。同時に、同じミスを繰り返す、振り返りに時間がかかる、ノートが増えてしまう、振り返りが浅いのではないかといった困りごとも報告されていました。

合格体験記やブログまで対象を広げると、さらに手間をかけた工夫も見つかりました。ある事例では、Excelに多数の反省点・原因・対応策を蓄積し、翌日の演習で対策を検証する取り組みが紹介されています。

別の事例では、過去の答案を画像で保存し、年度や設問ごとの記録と紐づけて比較していました。ミスノートを演習前に読み返す習慣や、記録した対策を隠してクイズ形式で確認する工夫もありました。

これらの事例からは、記録を残すこと自体よりも、過去のミスを理解し、次に同じミスをしないようにすることが重視されていると考えられます。そのために、受験生は自分でExcelを設計したり、記録を見返す仕組みを作ったりしていました。

こうした行動を踏まえると、記録の蓄積そのものより、過去の気づきを次の演習で活かせることに価値があるのではないかという仮説が浮かびました。

仮説に都合の悪い情報も確認する

もちろん、調査結果がすべてこの仮説を支持していたわけではありません。すでにノートやExcel、AIを使って十分に振り返れている人もいますし、反省点から次回の具体的な行動まで整理できている受験生もいます。

また、記録を作ったものの続かなかった例や、振り返りよりも演習量を増やすことを重視する人も見つかりました。Xに次回の検証結果が書かれていないからといって、実際に検証していないとも限りません。

そもそも、積極的に学習記録を発信する人や合格体験記を書く人は、受験生全体を代表しているとは限りません。

したがって、調査から得た結論は「振り返り支援サービスには強い需要がある」ではありませんでした。振り返りに関する課題は一定程度存在するものの、専用サービスを使ってまで解決したい課題なのかは、まだ分かりません。

本格的な事業化を判断するには材料が足りませんが、次の仮説を試す理由は見えてきました。

競争する市場そのものを捉え直す

もう一つ考え直したのが、競争相手です。

中小企業診断士2次試験には、さまざまな予備校や教材、解法の考え方があります。工程ドリルも工程を分解するという点では解法横断を目指していましたが、具体的な方法論には自分が学んだ流派の影響がありました。

後発の個人が、既存教材と解法の優劣を競う市場で商品を売るのは簡単ではありません。もともと限定的な受験生市場が、解法への好みによってさらに細分化される可能性もあります。

そこで、競争の軸を「どう解くか」から「解いた経験を次にどう活かすか」へ移して考えました。既存教材や予備校を置き換えるのではなく、どの教材を使っている受験生でも利用できる振り返りの仕組みを提供するという方向です。

ただし、競争の軸を変えても、競争相手がいなくなるわけではありません。学習記録や振り返りという市場に視点を移せば、Studyplusのような汎用学習管理サービスがあります。Excel、Googleスプレッドシート、Notion、紙のノートも代替手段ですし、記録せずにその場で復習して次の問題に進むことも、受験生にとっては一つの選択肢です。

整理すると、競争の捉え方は次のように変わりました。

最初に考えていた競争

捉え直した競争

2次試験の解法・教材

学習記録・振り返りの仕組み

予備校・市販教材・他の演習教材

汎用学習管理サービス・Excel・Notion・紙など

答案作成の工程をどう練習するか

振り返りを次の演習でどう活かすか

教材としての内容・指導方法

継続して使える手軽さと、次の行動への接続

これは競争のない市場を見つけたという話ではありません。競争する市場と相手、差別化すべき軸を捉え直したということです。

5|自分の経験を差別化に使う

学習記録の市場には、すでに汎用的なサービスやツールがあります。その中で個人開発のサービスが選ばれるためには、何らかの理由が必要です。

そこで考えたのが、中小企業診断士2次試験の学習フローに用途を絞ることでした。

2次試験の過去問演習では、年度と事例が学習の基本単位になります。設問ごとに、何を問われたか、どの情報を見落としたか、どう答えるべきだったかを振り返り、次に別の事例を解くときに前回の反省を思い出して実践します。

こうした流れをExcelで管理することは可能ですし、実際に工夫して使いこなしている受験生もいます。ただ、仕組みを自作し、更新し、必要な記録を探して見返すには手間がかかります。

2次試験の演習に必要な構造が最初から用意されていれば、その手間を減らせるのではないか。これが、汎用ツールに対する用途特化の仮説でした。

ここで、最初に工程ドリルを作ったときの自分の経験が、別の形で役立ちました。答案作成の工程や年度・事例ごとの学習の進め方を理解していることは、受験生の行動に合ったサービスを考えるための資源になります。

ただし、専用サービスの方がExcelより便利だと証明されたわけではありません。Excelを使いこなしている人には乗り換える理由がないかもしれませんし、記録すること自体が負担な人には、どれほど専用化しても使ってもらえない可能性があります。

用途特化によって選ばれる理由を作れるかどうかは、実際の利用を通じて確かめる必要があります。

6|実際に作ると、削る判断が必要になった

こうした検討を踏まえて作ったのが、過去問の振り返りを次の演習につなげるWebサービス「Lens」です。

基本的な考え方は、今回の演習を振り返って気づきを整理し、次回の演習で意識する行動を決め、次の演習後に実践できたかを確認するというものです。振り返りをその場限りで終わらせず、次の演習につなげることを目指しています。

しかし、実際に作り始めると、別の問題が出てきました。振り返りを丁寧に構造化しようとするほど、入力項目が増えてしまうのです。

設問ごとの詳細な分析、原因の分類、振り返りの段階分け、過去履歴の整理など、開発者としてはどれも必要に見えます。しかし、受験生が毎回それを入力したいとは限りません。

市場調査では、振り返りに時間がかかること自体が負担として挙がっていました。振り返りを支援するはずのツールが、かえって手間を増やしてしまっては本末転倒です。

そこで、入力や画面の構成を何度も見直しました。最初に細かく選ばせようとしていた振り返り項目を削り、複数画面に分かれていた操作を整理しました。独立した履歴画面や記録タイトルなど、必須ではない要素も減らしました。

中心に残したのは、次の流れです。

次にやることを確認する → 演習する → 振り返る → 気づきを残す → 次にやることを更新する

ここで意識したのは、構造化はサービスの内部で行い、ユーザーにはできるだけ押し付けないということでした。

AIを使えば、もっと細かな分析や分類もできるかもしれません。しかし、できることを増やすことと、使いたいサービスにすることは同じではありません。どこまで入力してもらい、何を自動化し、何をあえて求めないか。機能を追加する判断だけでなく、削る判断も必要でした。

こうしてLensはOpen βとして公開しました。

現段階で分かっているのは、サービスを作って公開できたということまでです。受験生が繰り返し使ってくれるか、実際に振り返りの質が上がるか、Excelなどの既存手段から乗り換える理由があるかは、これから検証する課題として残っています。

おわりに|正解を見つけたのではなく、仮説を磨いてきた

今回の取り組みは、一直線に事業アイデアを実現したものではありませんでした。

自分の経験から商品を作り、売るために情報発信や無料ツールを試す。並行してAIの活用可能性を探り、想定外の反応から別の価値に気づき、受験生の実際の行動を調べる。競争相手を捉え直し、用途を絞ったサービスを試作する。そのたびに、考える材料と判断の基準が変わっていきました。

大切だったのは、どれか一つの理論や手法を正しく使うことではありません。自分の経験を活かしてまず形にし、実際に動いて情報を得て、都合の悪い事実も含めて市場を捉え、新しい材料に合わせて仮説を更新することです。

振り返れば、プロダクトアウトから始まり、エフェクチュエーション的な試行錯誤を重ね、マーケットドリブンな検討を取り入れてきた、と整理できます。ただし、これは事後的な分析であり、当時から整った理論どおりに進めていたわけではありません。

そして、Lensが正解だったかどうかも、まだ分かりません。むしろ、ここからが事業仮説の検証だと思っています。

最初の思いつきを少しずつ根拠のある仮説に近づけるために、これからも作って、試して、考え直すことを続けていきます。